クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が、廃止される方向となった。
朝日新聞は2026年8月20日、巨額の累積赤字を抱える同機構について、経済産業省が廃止する方向で調整に入り、投資原資となる来年度の財政投融資計画への要求も見送る方針だと報じた。
2025年度決算で、機構の累積損益はマイナス540億円。政府が2022年に設定した改善計画の目標であるマイナス426億円を下回った。経済産業省も、この結果を「重く受け止めている」としている。
「巨額の赤字を出した官民ファンドが、ついに廃止される」。
そう聞けば、一つの官民ファンドの失敗として話は終わるようにも見える。
しかし、本当に検証すべきなのはそこだけだろうか。
クールジャパン機構は、日本の魅力ある商品やサービスの海外需要を開拓するため、2013年に設立された。その背景には、2010年から政府が進めてきた「クールジャパン政策」がある。
ならば機構の廃止を機に、もう一つ根本的な問いを投げかけてみたい。
そもそも日本政府の「クールジャパン政策」は、何を生み出したのだろうか。
日本は「クールジャパン」以前からクールだった
そもそも「クールジャパン」という発想は、日本政府が生み出したものではない。
2002年、米国人ジャーナリストのダグラス・マッグレイ(Douglas McGray)は、米外交誌『Foreign Policy』に “Japan’s Gross National Cool” と題する論考を発表した。
経済が長期停滞する一方、日本のアニメ、ゲーム、ファッションなどが国境を越え、文化的な影響力を強めている。その現象に海外の側から注目したものだった。
しかも、日本文化が米国の大衆文化に入り込んでいたのは、それよりさらに前である。
1991年には、米国の人気アニメ『ザ・シンプソンズ』で、シンプソン一家が寿司店へ行き、ホーマーがフグを食べるエピソードが放送されている。
2000年には人気ドラマ『フレンズ』で「The One with Unagi」というエピソードが放送された。「Unagi」をめぐる理解はかなり怪しいものの、それ自体が笑いの題材として使われている。
つまり、日本政府が「クールジャパン」と言い出すずっと前から、日本文化は海外の大衆文化の中に入り込んでいた。
そして2002年には、海外の側から「日本は経済以外の分野で大きな影響力を持っているのではないか」と指摘されていたのである。
日本政府がクールジャパン政策を始めるのは、その後だ。
年譜にすると、順番がよく分かる
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1980年代以前 | 新潟の錦鯉生産者が海外輸出に取り組み始める |
| 1991年 | 『ザ・シンプソンズ』で寿司・フグを題材にしたエピソードを放送 |
| 2000年 | 『フレンズ』で「Unagi」が登場 |
| 2002年 | Douglas McGrayが “Japan’s Gross National Cool” を発表 |
| 2003年 | 錦鯉等の観賞魚輸出額 約13.8億円 |
| 2007年 | 新潟から少なくとも17か国へ錦鯉を輸出 |
| 2010年 | 日本政府によるクールジャパン政策が始動。経産省に「クール・ジャパン海外戦略室」を設置 |
| 2011年 | 政府の成長戦略に「クール・ジャパン戦略の推進」を明記 |
| 2013年 | クールジャパン機構を設立 |
| 2024年 | 「新たなクールジャパン戦略」を策定 |
| 2026年 | クールジャパン機構の累積損益▲540億円。経産省が廃止する方向で調整へ |
こうして並べると、少なくとも一つのことは明らかだ。
日本政府がクールジャパン政策を始めたから、日本文化が海外で「クール」になったわけではない。
順番はむしろ逆である。
海外ですでに日本文化への需要が生まれ、その現象を外国人が「Japan’s Gross National Cool」とまで表現した。その約8年後、日本政府がクールジャパン政策を始めた。
では政府は、すでに走り始めていたこの流れを、どれだけ加速させたのだろうか。
錦鯉は政府が旗を振る前から海を越えて泳いでいた
そのことがよく分かる例が錦鯉である。
農林水産省が2000年代にまとめた輸出事例によれば、錦鯉発祥の地である新潟県では、その時点ですでに「20年以上前から」輸出に取り組んでいた。
2007年には、輸出衛生証明書を必要とする国だけでも17か国、76.5万尾を輸出していた。
しかも輸出拡大のため、海外バイヤーへの輸送・飼育方法の指導、海外の錦鯉品評会での審査や指導、海外物産展への参加、外国で好まれる品種の生産などを、生産者側が行っていた。
政府が2010年にクールジャパン政策を始めるより、はるか前からである。
輸出額も、確認できる統計では2003年の約13.8億円から、2010年には約25.4億円まで増えていた。
つまり、クールジャパン政策開始前の7年間ですでに8割以上増えていたことになる。
その後も錦鯉の輸出は拡大した。
しかし、ここで注意しなければならない。
2010年以降に輸出額が増えたことと、クールジャパン政策によって輸出額が増えたことは同じではない。
政策効果を測るなら、本来問うべきなのは、
「クールジャパン政策がなかった場合と比較して、輸出はいくら余分に増えたのか」
である。
政策開始以前から市場が存在し、生産者自身が海外市場を開拓し、輸出額も増加していた。
その後の輸出額全体を政府の政策成果とすることはできない。
「市場が伸びた」と「政策が成功した」は違う
同じ問題は、アニメやゲームなどのコンテンツにもある。
政府は近年、日本のエンターテインメント産業の海外売上が大幅に増えたことを示し、政府の旗振りや支援がその伸長に貢献したと評価している。
市場が伸びたこと自体は事実である。
しかし、
政策を実施した後に市場が伸びたことと、政策によって市場が伸びたことは同じではない。
この時期にはNetflixなどの世界的な動画配信サービスが普及した。
SNSによって国境を越えたファンコミュニティーが形成された。
ゲーム販売はパッケージからデジタルへ大きく移行した。
世界のコンテンツ市場そのものも拡大した。
そして何より、日本のアニメ会社、ゲーム会社、出版社、食品企業、生産者などが、それぞれ自ら海外市場を開拓してきた。
これらの影響と政府の政策効果を分離しなければならない。
例えば政策開始後に海外売上が2倍になったとしても、政策がなかった場合にも1.8倍になっていたのであれば、政策による追加効果は残りの部分である。
逆に政策がなければほとんど成長しなかったことを示せるのであれば、政府の政策は大きな成果を上げたと評価できる。
必要なのは、その比較だ。
ところが、政策効果を測る物差しがなかった
ここで大きな問題が出てくる。
政府は2024年に「新たなクールジャパン戦略」を策定したが、それ以前から、クールジャパン政策全体を客観的に評価するための指標整備が課題になっていた。
内閣府では近年になって「クールジャパン官民連携プラットフォーム活性化及び事例創出等におけるKGI/KPI策定調査」を実施し、その後もKGI/KPI調査を続けている。
政策効果を測るためには、本来、政策開始時点で目標と評価方法を設定し、その後の実績と比較する必要がある。
ましてクールジャパンの場合、政策開始以前から海外市場が存在し、成長していた。
必要なのは単なる市場規模ではない。
「政策がなかった場合」と比較して、政府の介入によってどれだけ追加的な便益が生まれたのか。
海外売上が何兆円になった。
日本食が世界で人気になった。
訪日外国人が日本文化を楽しんでいる。
それらは日本にとって喜ばしいことである。
しかし、それ自体は政府のクールジャパン政策が成功した証拠ではない。
市場が成長したことを示すデータはある。しかし、その成長のうち何円分を政府のクールジャパン政策が生み出したのかを証明するデータは、少なくとも明確には示されていない。
では、540億円は高かったのか、安かったのか
ここで、廃止される方向となったクールジャパン機構に戻ろう。
2025年度までの累積損益はマイナス540億円となった。
540億円。
もちろん巨額である。
だが政策評価という意味では、実はこの数字だけを見ても十分ではない。
仮に540億円の損失を出していても、機構の介入によって、それを大きく上回る社会的便益が新たに生まれていたのであれば、政策として評価できる可能性はある。
政府資金が入ったからこそ実現した海外展開。
それによって追加的に生まれた売上、雇用、所得。
民間だけでは負えなかったリスクを政府が引き受けたことで成立した市場。
そうしたものがあるなら、それも評価しなければ公平ではない。
では、その便益はいくらだったのだろうか。
ここでも必要なのは、日本文化の海外市場全体の規模ではない。
政府が介入しなければ生まれなかった部分だけである。
測られていないのは「隠れた便益」だけではない
さらに、もう一つ考えなければならないものがある。
機会費用である。
クールジャパン機構には巨額の公的資金が投入されてきた。
その資金をクールジャパン機構ではなく、別の政策に使っていたらどうなっていただろう。
公的資金をある政策に投入するということは、その資金をほかの用途には使えなくなるということでもある。
仮に1,000億円の公費によって1,100億円の社会的便益を生んだとしても、同じ1,000億円を別の政策へ投入すれば1,500億円の便益を生み出せたのであれば、「利益が出たから成功」と単純には評価できない。
さらに政府が特定企業や特定事業へリスクマネーを供給すること自体が、市場の資金配分を変える。
政府資金がなければ、別の有望企業へ向かった民間投資はなかったのか。
市場なら退出していた事業を公費によって延命していなかったか。
政府から資金を得た企業と、得られなかった企業との競争条件を歪めなかったか。
こうした影響は、クールジャパン機構の累積損益540億円という数字には現れない。
政策効果が十分測定されていないことについて、
「数字に表れていない大きな便益があったかもしれない」
という反論は可能だ。
しかし、逆もまた成り立つ。
測られていないのは、隠れた便益だけではない。隠れた損失も同じである。
政府は「GO」の旗を振っただけなのか
信号が青に変わった。
車は走り始めた。
そこへ政府がやってきて、「GO」と書かれた旗を振った。
旗を振ったことで少し速く走れた車はあったかもしれない。
政府にしか取り除けない障害物もあっただろう。
だが、車が走ったという事実そのものを、旗を振った人の成果にすることはできない。
日本のアニメ、ゲーム、食、錦鯉をはじめとする文化や商品は、政府が「クールジャパン」と名付ける前から海外へ出ていた。
1991年には『ザ・シンプソンズ』で寿司とフグが題材となり、2000年には『フレンズ』で「Unagi」が笑いのネタになった。
2002年には外国人ジャーナリストが、その現象を “Japan’s Gross National Cool” と呼んだ。
それから約8年後の2010年、日本政府はクールジャパン政策を始めた。
つまり、
日本がクールだったから、政府が「クールジャパン」を始めたのであって、政府がクールジャパンを始めたから、日本がクールになったわけではない。
もちろん、その後の政府の支援が既存の流れを加速させた可能性はある。
問題は、その加速分がどれだけだったのかである。
政府が介入したことで、何が、どれだけ余分に生まれたのか。
そのために、どれだけの公費を使ったのか。
そして、その公費をほかに使えなくなったことによって何を失ったのか。
クールジャパン機構の廃止にあたって検証すべきなのは、この全体像ではないだろうか。
海外で日本文化が売れたという事実と、政府の政策が成功したという評価は、同じではない。
クールジャパン機構の540億円という累積赤字が突きつけているのは、一つの官民ファンドの経営問題だけではない。
そもそも私たちは、「クールジャパン政策の成功」を測る物差しを持っていたのだろうか。


