昨日、このブログでこんな提案をした。
政府職員18万人に国産AI「源内」を配るなら、その次は日本国民に広げてはどうか。
AIを一部の専門家や企業だけが使う道具ではなく、電気や通信、インターネットのような社会の基盤に近いものとして考える。国民が日常的にAIを使える環境を国が用意すれば、日本全体のAIリテラシーと生産性を底上げできるのではないか。
もちろん、かなり大胆な提案である。
その記事を書いた後、タイ政府が同じ方向性の政策を進めていることを知った。
タイは、国民に生成AIを利用できる環境を提供する取り組みを、すでに始めていた。
タイ政府は500万人にAIを提供する
タイ政府が進めている「TH-AI Passport」は、15歳以上のタイ国民を対象に、最大500万人規模で生成AIを利用できるようにする政策だ。8月19日に事前登録が始まり、8月31日からサービスを本格的に利用できる予定になっている。¹
対象となるのは一つのAIだけではない。14以上の事業者が提供する30以上のAIモデルを一つのプラットフォームから利用でき、96以上のAI学習コースも用意されている。¹
目的も明確だ。
国民のAI利用を増やし、AIスキルを高め、仕事や教育、ビジネスでの活用につなげる。そして、急速に進むAI時代に国民が対応できるようにする。²
つまり、
AIへのアクセス → AIを使える国民の増加 → 生産性向上 → 国家競争力
という発想である。
これは単なる「AIのお試しキャンペーン」ではない。
AIへのアクセスそのものを、人的資本への投資として考えている。
しかもタイ政府は、500万人分を一律に買い切る方式ではなく、実際の利用者数に応じて支払う「Pay Per Active User」方式を採用している。³
大規模な国民向けAI政策を、財政効率まで考えて設計している点も興味深い。
「源内を国民へ」は不可能ではない
日本政府は生成AI利用環境「源内」を、2026年度中に全府省庁約18万人の政府職員が利用できるようにする計画を進めている。5月には大規模実証が始まり、5月29日時点で約10万人が利用可能になった。⁴
デジタル庁は同時に、国内大規模言語モデル(LLM)の開発支援も進めている。⁵
これは行政のAI活用という意味では大きな一歩だ。
しかし、そこで止める必要があるのだろうか。
昨日の記事で私は、
政府職員18万人に配れるなら、なぜその次に1億人へ展開しないのか。
と書いた。
その後にタイの政策を知ったことで、少なくとも「そんなことは現実にはできない」という話ではなくなった。
500万人と1億人ではもちろん規模が違う。
財政負担、サーバー能力、個人情報、セキュリティ、誤情報への対策など、解決すべき問題も多い。
だが、重要なのは、
「できるか、できないか」の段階から、「どう設計すればできるか」の段階へ議論を進められる
ということだ。
日本なら国産AI政策と一体化できる
日本が同じことをするなら、海外AIの利用料を国が肩代わりするだけでは少しもったいない。
源内という利用環境と国産基盤モデルの育成政策を組み合わせる方法がある。
例えば最初から1億人を対象にする必要はない。
学生、教員、中小企業、求職者、高齢者などから段階的に対象を広げてもいい。
あるいは無料利用枠を設定し、それを超える利用については本人が負担する方法もある。
重要なのは、国民にAIを「勉強してください」と呼びかけるだけではなく、
実際に使える環境を用意することだ。
AIは説明を聞くだけでは身につかない。
文章を書かせ、調べ物をし、表を作らせ、仕事を手伝わせ、失敗させながら使い方を覚えていく。
数千万人がそれを始めれば、日本社会のAI利用能力はかなり変わるはずだ。
さらに、プライバシーやセキュリティを確保したうえで、利用者からの評価や改善要望を国産AIの開発側へ還元する仕組みを設計できれば、利用拡大と国産AI育成を循環させることも考えられる。
突飛な発想ではなかった
国民へのAIアクセスを政策として支援しているのはタイだけではない。
マルタ政府は2026年5月、国民にChatGPT Plusを提供する取り組みを発表した。AI教育プログラムと組み合わせ、対象者は講座を修了するとChatGPT PlusまたはMicrosoft 365 Personal Copilotを1年間無料で利用できる。⁶
シンガポール政府も、指定されたSkillsFutureのAI講座を受講した国民に、有料AIツールを6か月間無料で提供する政策を進めている。政府自身が、その目的をAIツールを実際に試し、日常の仕事や生活に取り入れる機会を与えることだと説明している。⁷
各国の制度はそれぞれ違う。
しかし共通しているのは、AIを一部の技術者だけの問題として扱っていないことだ。
国民がAIを使えること自体が、これからの国家競争力になる。
そう考え始めている国が現れている。
日本には国産AIを育成するという、もう一つの政策目的もある。
ならば、
国産AIを作る政策と、国民がAIを使う政策を、別々に考える必要はない。
国が利用環境を作る。
国民がAIを使う。
国産AIにも利用者が増える。
利用者から得られた評価や改善要望を、適切なルールの下で開発へ還元する。
育ったAIが、さらに国民や企業の生産性を高める。
そんな循環を政策として設計することはできる。
「国民にAIを配るなんて現実的なのか」。
そう考えていたところ、タイはすでに500万人規模で動き始めていた。
少なくとも一つだけ、はっきりしたことがある。
不可能ではない。
問題は、日本がやるかどうかだ。
脚注・参考資料
1.TH-AI Passportの対象・登録開始・AIモデル・研修
タイでは2026年8月19日に事前登録を開始。15歳以上のタイ国民を対象とし、最大500万人、14以上のプロバイダー・30以上のAIモデル、96以上のAIコースを提供すると報じられている。
TH-AI Passportの概要(2026年8月)
2.タイ首相によるTH-AI Passportの説明
アヌティン首相は8月19日、教育・ビジネス・雇用で重要性を増すAIに国民が対応するための政策としてTH-AI Passportを支持した。
The Star:Anutin backs TH-AI Passport
3.Pay Per Active User方式
政府負担を実際の利用者に連動させ、最大500万人を上限とする方式。
The Nation:TH-AI Passport pay-per-user model
4.ガバメントAI「源内」の18万人規模実証
デジタル庁は2026年5月から大規模実証を開始。5月29日時点で約10万人、今後全府省庁約18万人へ拡大する。
デジタル庁:ガバメントAI「源内」の大規模実証
5.源内と国内LLM開発支援
デジタル庁は源内の展開とあわせて、国内大規模言語モデル(LLM)の開発支援などを進めている。
デジタル庁:ガバメントAI「源内」
6.マルタ「AI for Everyone」
マルタ政府はAI講座の修了者にChatGPT PlusまたはMicrosoft 365 Personal Copilotを1年間無料で提供する制度を開始した。
マルタ政府:AI for Everyone
OpenAI:マルタとの全国民向けパートナーシップ
7.シンガポールの有料AIツール無料提供策
指定AI講座の受講者に有料AIツールを6か月無料提供し、実際の仕事や生活でAIを試すことを政策目的としている。
シンガポール人的資源省:Premium AI Tools施策
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