ChatGPTやGeminiなど、生成AIを使う人が日本でも急速に増えている。
総務省の調査によれば、日本で生成AIを使ったことがある人の割合は、2023年度の9.1%から2024年度には26.7%へ上昇した。わずか1年で約3倍である。¹
しかし、その多くが利用しているのは海外企業が提供するAIだ。
AIが単なる便利なサービスなら、それでも大きな問題はないかもしれない。
だが、AIがこれから仕事、教育、研究、行政、製造業など、社会のさまざまな分野を支える基盤になっていくとしたらどうだろう。
日本はいつまで、AIを海外企業に大きく依存し続けるのだろうか。
実は政府は、すでにその問題に気づいている。
そして、そのための興味深い仕組みを作り始めている。
政府職員18万人が使う「源内」
デジタル庁が開発しているのが、ガバメントAI「源内(げんない)」だ。
簡単にいえば、政府職員が仕事で生成AIを使うための共通環境である。
2026年5月から大規模な実証が始まり、5月29日時点ですでに約10万人の政府職員が利用できる状態になった。今後、全府省庁の約18万人へ対象を広げる予定だ。²
しかも興味深いのは、源内が単に海外のAIを政府職員に使わせる仕組みではないことだ。
デジタル庁は、国内で開発された「国産AI」も源内で試し始めている。
2026年度には5社の国産AIを評価する計画で、その一部については、国産クラウド「さくらのクラウド」の上で動かす実証環境も構築している。
2026年7月時点で対象となっているのは、NTTデータの「tsuzumi 2」、富士通の「Takane 32B」、Preferred Networksの「PLaMo 2.0 Prime」の3モデルだ。³
つまり、
国産のクラウドの上で、国産のAIを動かす。
そこまで政府は始めているのである。
なぜ国産AIを政府が使うのか
理由は単純な「国産品を応援しましょう」という話ではない。
デジタル庁は、国産AIを政府が利用する狙いとして、行政現場からのフィードバックによる性能向上に加え、
政府調達を通じた国産AIへの安定的な需要の創出
を明確に掲げている。
その先にあるのは、国産AIの育成・強化、民間投資の喚起、そして**「AIに関する日本の自律性確保」**だ。³
これは重要な視点だ。
どれほど優れたAIを日本企業が開発しても、誰も使わなければ事業にはならない。
利用者が少なければ収益も増えない。企業も投資しにくい。利用者からの反応や改善要求も集まりにくい。
逆に、多くの人が使えば、
利用者が増える → 改善が進む → 性能が上がる → さらに利用者が増える
という循環を作ることができる。
政府職員18万人に国産AIを使ってもらうことには、その意味でも価値がある。
では、ここで一つ疑問が出てくる。
なぜ18万人で止めるのか
政府職員18万人が国産AIを使うことで安定した需要を作れるのなら、その考え方をもっと大きくできないだろうか。
つまり、
「国民版・源内」を作るのである。
誰でも使える日本の生成AIサービスを国が用意する。
そこで複数の国産AIを選べるようにし、一般的な利用については一定量まで無料にする。
文章を書く。長い資料を要約する。外国語を翻訳する。勉強の質問をする。アイデアを整理する。
こうした日常的な用途なら、国産AIを気軽に使える環境を用意する。
大量に使う場合は有料にすればいい。
学生や研究者、中小企業などには、無料で利用できる範囲を広げる方法もある。
何も全国民が毎日AIを使う必要はない。
重要なのは、「国産AIを使ってみよう」と思った人が、料金や難しい設定を気にせず、すぐ使える入口を作ることだ。
AIを作るだけでなく「使う市場」を作る
日本政府はすでに、GENIACという事業を通じて国内のAI開発を支援している。
GENIACは経済産業省とNEDOが2024年に始めたプロジェクトで、AI開発に必要な大規模な計算資源の提供支援などを行っている。2026年6月には、第4期としてAI基盤モデルの開発テーマ16件が採択された。⁴
つまり政府は、
「国産AIを作る」
ためにはすでに政策的な支援を行っている。
次に必要なのは、
「作ったAIが使われる市場を作る」
ことではないだろうか。
国民版・源内があれば、その二つをつなぐことができる。
政府の支援を受けながら国産AIを開発する。
それを多くの人が使う。
利用者の評価をもとにAIを改善する。
性能が上がれば企業でも採用される。
企業が成長すれば、さらに研究開発へ投資できる。
こうした循環が国内に生まれる。
海外AIを禁止する必要はない
もちろん、ChatGPTやGeminiなど海外のAIを締め出す必要はない。
性能の高いAI、目的に合ったAIを自由に選べばいい。
国産AIですべてを賄う必要もない。
問題なのは、選択肢が事実上、海外AIばかりになってしまうことだ。
パソコンやスマートフォン、クラウドサービスなど、日本は重要なデジタル技術の多くを海外企業に依存してきた。
AIまで同じ道を進むのか。
AIは今後、単なるチャットサービスではなくなる。
企業の意思決定を助け、行政文書を作り、研究を支援し、工場やロボット、自動運転などにも組み込まれていく。
その基盤となる技術を国内でも維持できることは、産業政策だけでなく経済安全保障の問題でもある。
日本はAIを「使う国」にもなれていない
もう一つ問題がある。
日本は国産AIが十分普及していないだけではなく、そもそも生成AIそのものの利用がまだ少ない。
2024年度に生成AIを使った経験がある人は、日本では26.7%だった。
米国は68.8%、ドイツは59.2%、中国は81.2%である。¹
日本はこの4か国の中で突出して低い。
AIの性能競争だけでなく、AIを使いこなす人の数でも日本は出遅れている。
国民版・源内を無料または低料金で提供することには、国産AI企業を育てるだけでなく、日本全体のAI利用を底上げする効果も期待できる。
学校で使う。
大学で使う。
小さな会社でも使う。
個人商店でも使う。
高齢者も使ってみる。
そうしてAIが一部のITに詳しい人だけの道具ではなくなれば、日本社会全体の生産性にも影響してくるだろう。
実は「源内」はすでに政府の中だけのものではなくなり始めている
ここで興味深い動きがある。
デジタル庁は2026年4月、源内の一部を、商用利用も可能なライセンスのもとで無償のオープンソースソフトウェア(OSS)として公開した。⁵
つまり、源内で培った仕組みを政府の中だけに閉じ込める方針ではない。
デジタル庁自身も、地方自治体や企業でのAI実装を支援し、政府で得た成果を社会へ広げる方向を示している。²
ならば、その先に「一般の国民が国産AIを使える入口」を考えることも、それほど突飛な発想ではない。
もちろん、現在政府が「国民版・源内」を計画しているという意味ではない。
これはあくまで、ここまで進んだ政府のAI政策をもう一段先へ進めるための提案である。
18万人の次は、1億人ではないか
全国民に無制限で生成AIを無料提供すれば、莫大な計算費用がかかる。
だから、無制限である必要はない。
一定量までは無料。それ以上は有料。
国産AIを中心に、用途によって複数のモデルを選べるようにする。
学生や研究者、中小企業など、政策的に利用を促したい層には無料枠を広げる。
民間企業が国産AIを使った新しいサービスを作りやすい環境も整える。
そうすれば、これは単なる「無料AIサービス」ではない。
国産AIへの需要を国が作り、日本国内にAI産業の市場を育てる政策になる。
政府はすでに国産AIを育成している。
政府はすでに源内を作った。
政府はすでに国産AIを源内で試し始めた。
そして政府自身が、国産AIへの需要を作ることが、国産AIの育成、民間投資の喚起、日本のAIに関する自律性の確保につながると位置づけている。
ならば、次の問いは自然に出てくる。
政府職員18万人に源内を配るところまで来たのなら、次に考えるべき数字は19万人ではない。
1億人ではないだろうか。
関連記事「日本のAI企業は、海外巨大AIとどこで戦えるのか――国産AI6社を比較して見えた「勝ち筋」」
参考資料・脚注
1.個人の生成AI利用率
総務省「令和7年版 情報通信白書」の調査結果。2024年度の生成AIサービス利用経験率は、日本26.7%、米国68.8%、ドイツ59.2%、中国81.2%。日本は2023年度の9.1%から17.6ポイント上昇した。
出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」。数値は消費者庁「令和8年版 消費者白書」にも同資料を基に掲載。
2.ガバメントAI「源内」の18万人への展開
デジタル庁は2026年5月から、全府省庁の約18万人を対象とする大規模実証を開始。5月29日時点で約10万人が利用可能としている。
出典:デジタル庁「全府省庁の約18万人の政府職員を対象としたガバメントAI(源内)の大規模実証を開始しました」(2026年5月28日)
3.源内における国産AI・国産クラウドの活用
デジタル庁は2026年度に5社の国産基盤モデルを試用する予定。その一部として、NTTデータ「tsuzumi 2」、富士通「Takane 32B」、Preferred Networks「PLaMo 2.0 Prime」を、ガバメントクラウドに採用された「さくらのクラウド」上で稼働させる。デジタル庁は、国産AIの利用推進、行政現場からのフィードバック、政府調達による安定的需要の創出を通じ、国産AIの育成・強化、民間投資の喚起、日本のAIに関する自律性確保を目指すとしている。
出典:デジタル庁「ガバメントAI源内における国産クラウド上での国産基盤モデルの試用開始について」(2026年7月10日)
4.GENIACによる国内AI開発支援
経済産業省とNEDOは2024年2月から「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)」を実施。基盤モデル開発に必要な計算資源の提供支援などを行っている。2026年6月発表の第4期では、AI基盤モデル開発テーマ16件を採択した。
出典:経済産業省「『GENIAC』における計算資源の提供支援(第4期)において、AI基盤モデル開発テーマ計16件を採択しました」(2026年6月4日)
5.源内のオープンソース化
デジタル庁は2026年4月、源内の一部を商用利用可能なライセンスのもと、無償のオープンソースソフトウェア(OSS)として公開した。
出典:デジタル庁「ガバメントAI『源内』をOSS(オープンソースソフトウェア)として公開しました」(2026年4月24日)


