今年の夏、うちのミニトマトはゲキアツのバルコニーにいた。
日差しは容赦ない。風も強い。朝、水をやるが夕方にはもう乾いている。酷暑の日には600ml×3本を朝夕2回。それでも足りないことがあった。
始めたころは、まさか「どう育てるか」より「どう生き延びてもらうか」を考えることになるとは思っていなかった。
これは栽培記録というより、ひと夏のレスキューの記録かもしれない。
葉っぱがなくなっていく
最初に目立ったのは、下の方の葉の黄変だった。
黄色くなった葉を取り除く。次の葉が枯れる。また取り除く。そうしているうちに、主枝に残った元気な葉は上の方の数枚だけになった。
これはもうダメなのではないか。
ところが、実は落ちない。
すでにある程度まで大きくなった青い実は、そのまま少しずつ肥大していく。先端の花房では十数個の実がほぼ同時に膨らみ始めた。
葉っぱはなくなっていくのに、実は育つ。
植物は、ときどきこちらの予想と違うことをする。
7月30日に最初の実を収穫した。その後も一つ、二つと赤くなり、8月11日までに14個。
大豊作とは言えない。でも、あの姿になった株から赤いトマトを摘むと、なかなか感慨深い。
もっと早く止めればよかった
今年の栽培で一番後悔しているのは、主枝の摘心が遅かったことだ。
ミニトマトは元気なら上へ上へと伸びていく。最初はそれを「元気でよろしい」と眺めていた。
しかし、気温が上がるにつれて様子が変わった。
茎を伸ばす。葉を維持する。花を咲かせる。実をつける。その実を大きくする。
灼熱の8号鉢で、全部やれというのは無茶なのではないか。
そこで8月上旬、主枝を摘心した。
これ以上、上へ行かなくていい。今ある実を育ててくれ。
もちろん、一株を見ただけで「摘心したから実が大きくなった」とは言えない。それでも摘心後、先端付近ですでに着果していた実がまとまって肥大していく様子は印象的だった。
酷暑では、たくさん作らせることより、植物の仕事を減らすことも必要なのかもしれない。
鉢を守れ
次に気になったのは根だった。
人間でも裸足では立っていられないようなバルコニーに、鉢は一日中置かれている。地上部に水をやることばかり考えていたが、鉢そのものが熱くなれば根にも負担がかかるはずだ。
最初にやったのは、ダンボール。子どものころの工作そのものである。

鉢に直射日光が当たらないように囲ってみた。見栄えについては、この際気にしない。つもりだったが、しばらくして段ボールを撤去し、土の表面にはバークチップを敷いた。
こうなってくると、園芸というより防災である。そこへ台風が接近してきた。
あっちぃバルコニーから室内へ
台風15号だ。瀕死の状態で実を付けてきたミニトマトを見殺しにはできない。鉢ごと室内へ避難させた。
面白かったのは、その後。
室内へ入れて最初の24時間ほどは、実が目に見えて大きくなった感じはしなかった。一方で、赤くなり始めていた実の色づきは進んだ。
「成長」とひとまとめにしていたけれど、茎や葉が伸びること、花が咲くこと、実がつくこと、実が大きくなること、そして実が成熟することは、どうやら別々に動いている。
毎日見ていると、そんな当たり前のことにも気づく。
次は脇芽に託す
主枝がかなり消耗する一方で、株元から伸ばしていた2本の脇芽は生きている。
こちらにも花が咲き、少しずつ実がつき始めた。
主枝についている実を収穫し終えたあと、この2本が次を担えるのか。それとも夏の暑さに力尽きるのか。
まだ分からない。
先端の花房にも花や蕾が残っている。数日前まで花だったところに、ある日小さな緑色の丸ができていることもある。
毎朝、「増えた?」と覗き込む。
数ミリの実を見つけると、ちょっとうれしい。
毎日、条件が変わる実験
水を増やした。鉢を日差しから守った。土を覆った。主枝を摘心した。脇芽を残した。そして、とうとう室内へも運んだ。
何かを変えるたび、翌日また株を見る。
どうなった?
昨日より実は大きくなったか。新しい実はついたか。葉は持ちこたえているか。
家庭菜園には育て方がある。でも、今年のような暑さでは、書いてある通りにやれば書いてある通りに育つとは限らない。
だから、観察して、仮説を立てて、少し条件を変えて、また観察する。
気がつけば、ずっと実験をしている。
今年のミニトマトが最終的に何個採れるのかは、まだ分からない。
だから今日もバルコニーを覗きに行く。右手にコカ・コーラの空きペットボトルを持って。もちろん、満水。ジョウロの口はセットしてある。
レスキュー・ペンギンが行く。



