ChatGPTの登場から数年。米国では巨大IT企業を中心にAI開発競争が続いている。一方、日本に目を向けてみると、いつの間にかかなり面白いAI企業群が育ってきた。
大規模言語モデル(LLM)そのものを開発する企業もあれば、音声、製造業、自動運転、ロボット、建設、科学研究など、特定領域に狙いを定める企業もある。
その勢力図を眺める格好の材料が、経済産業省とNEDOの「GENIAC」だ。
2026年に始まった第4期では、AI基盤モデル開発16社に加えて、ロボット基盤モデル2社、製造業データなどのAI-Ready化9社が採択された。AI開発の競争は、もはや「日本語LLMを誰が作るか」だけではなくなっている。
そこで今回は、2026年9月時点で気になる日本のAI企業を総ざらいしてみたい。
参考:経済産業省「GENIAC第4期」
- Preferred Networks――「国産LLM」では収まらない総合力
- Sakana AI――巨大モデル競争とは違う道から世界を狙う
- ABEJA――生成AIからフィジカルAIへ
- Turing――「完全自動運転」をAIから作る
- Stockmark――日本企業の「暗黙知」をAIに食べさせる
- AI inside――OCR企業から「AIインフラ企業」へ?
- Kotoba Technologies――日本発「音声AI」の伏兵
- ONESTRUCTION――建設業に特化したAI
- SyntheticGestalt――AIが「科学者」になる領域
- ELYZA――派手な性能競争より「実際に仕事を置き換える」
- 競争は「一番賢いLLM」を決めるゲームではなくなった
Preferred Networks――「国産LLM」では収まらない総合力
まず外せないのがPreferred Networks(PFN)だ。
2026年6月には、国産生成AI基盤モデル「PLaMo」の新たなフラッグシップモデル「PLaMo 3.0 Prime」をリリースした。推論能力を備えたモデルに加えて、応答速度を重視した非推論モデルも提供している。
しかし、PFNをLLM企業とだけ見ると実像を見誤る。
同社は画像認識、ロボティクス、ライフサイエンスなど幅広い領域を手掛け、AIプロセッサー「MN-Core」も開発してきた。AIモデルだけでなく、それを動かす計算基盤まで自前で押さえようとしている点は、日本勢の中でも特徴的だ。
さらに現在は、フィジカルAIに向けた取り組みも進めている。
AIが文章を書くところから、実世界を認識し、機械を動かすところまで。その射程の広さでは、日本のAI企業群を代表する一社といってよさそうだ。
注目点:モデル、計算基盤、ロボティクスまでを結ぶ総合力をどこまで事業化できるか。
参考:Preferred Networks「PLaMo 3.0 Prime」発表
Sakana AI――巨大モデル競争とは違う道から世界を狙う
Sakana AIは、日本のAI企業群の中でも少し異質な存在だ。
GENIAC第4期では、日本の制度、慣習、言語実務への適合を目指した1兆パラメータ規模のエージェント型基盤モデルの開発を計画している。Deep Researchやツール利用を伴う推論能力、日本語音声モデルなども開発対象だ。
Sakana AIが面白いのは、単純に巨大なモデルを作って性能を競うだけではないところにある。
同社はこれまで、生物の進化などから着想を得て、複数のAIモデルを組み合わせたり進化させたりする研究を進めてきた。
単なる「日本語が得意なAI」ではなく、日本の制度や実務を理解し、実際に仕事をするAIへ進めるのか。
日本発AI企業の中でも、世界的な研究競争に直接参加している存在として引き続き注目したい。
注目点:日本に適応したAIエージェントが、海外の巨大モデルとの差別化につながるか。
参考:GENIAC第4期
ABEJA――生成AIからフィジカルAIへ
企業向けAIの社会実装を長く手掛けてきたABEJAだが、2026年に入ってからの動きを見ると、守備範囲が急速に広がっている。
8月には村田製作所と、VLAモデルを使った双腕ロボットによる実験業務自動化の技術検証を実施。
9月にはJR東日本が進めるTAKANAWA GATEWAY CITYで、双腕ロボットによる荷物の認識、把持、積み込みを自動化するフィジカルAIの実装を支援した。
さらに三菱重工業から委託を受け、AIエージェントなどを利用した無人機の自律化機能に関する検証支援も始めている。
企業のデータをAIで処理する会社から、AIが現実世界で機械を動かすところまで扱う会社へ。
最近のABEJAは、その方向性がかなり鮮明になってきた。
注目点:フィジカルAIが実証実験を越えて、継続的な事業の柱になるか。
参考:ABEJA ニュース
Turing――「完全自動運転」をAIから作る
自動運転分野で異彩を放つのがTuringだ。
Turingは完全自動運転の実現を掲げ、AIと自動車の両方を開発している。
GENIAC第4期では、通常の基盤モデル開発とは別に設けられた「ロボット基盤モデルの研究開発」の採択企業2社のうち1社に選ばれた。
自動車メーカーがAIを取り入れるのではなく、AIを起点として自動車そのものを作ろうとしているところが面白い。
生成AIが画面の中から現実世界へ出ていく「フィジカルAI」の流れを考えると、日本で追っておきたい企業の一つだ。
注目点:巨額の資金を必要とする自動車開発とAI開発を同時に走らせ、完全自動運転へ到達できるか。
Stockmark――日本企業の「暗黙知」をAIに食べさせる
Stockmarkは少し違う方向から重要な場所を取りに行っている。
2026年のGENIACでは「製造業データ等のAI-Ready化」に採択された。
さらに国内大手16社と協業し、企業内部に眠る図面、実験データ、報告書、現場のノウハウなどをAIが利用できる形にするプロジェクトを進めている。
これは地味に見えて、かなり重要なテーマだ。
どれほど高性能なAIモデルを導入しても、企業が何十年も蓄積してきた技術文書や熟練者の知識をAIが利用できなければ、その企業独自の強みにはなりにくい。
逆にいえば、日本企業のAI競争力は「どのAIを使うか」だけでなく、自社に眠る知識をどこまでAIが使える状態にできるかで決まる可能性がある。
注目点:日本企業の暗黙知をAI資産に変換する仕組みを確立できるか。
参考:Stockmark「AI-Ready化」プロジェクト
AI inside――OCR企業から「AIインフラ企業」へ?
AI insideといえば、AI-OCR「DX Suite」の印象が強い。
しかし最近の動きを見ると、それだけでは説明できなくなってきた。
2026年5月にはAI統合基盤「Leapnet」の提供を開始。同時に、国内データセンターにAI推論環境を展開する「Sovereign Grid」を始動した。
6月には、Leapnetをオンプレミス環境で動かせるAI推論専用ハードウェア「AI inside Cube Atlas」も発表している。
つまり、業務アプリケーションだけではなく、AIモデルを実際に動かすハードウェア、プラットフォーム、国内推論インフラまで一体で提供しようとしている。
OCRから始まった企業が、どこまで「AIインフラ企業」へ変身できるのか。
かなり興味深い局面に入っている。
注目点:OCRで築いた事業基盤から、国内AI推論インフラへ本当に脱皮できるか。
参考:AI inside ニュース
Kotoba Technologies――日本発「音声AI」の伏兵
生成AIというと文章を生成するLLMばかり注目されるが、これから重要になるのが音声だ。
Kotoba Technologiesは、リアルタイム音声AIを中心に開発する企業だ。
中核となる音声基盤モデル「Koto」は、日本語、韓国語、中国語に重点を置き、Speech-to-Speechだけでなく、音声認識や音声合成にも対応する。
2026年6月には追加で1,000万ドルを調達し、累計調達額は2,300万ドルとなった。
AIエージェントやロボットが普及していけば、人間が毎回キーボードで指示するとは考えにくい。
そう考えると音声AIは単なる周辺技術ではなく、人間とAIをつなぐ重要なインターフェースになる可能性がある。
注目点:東アジア言語に強いリアルタイム音声AIというポジションを確立できるか。
ONESTRUCTION――建設業に特化したAI
巨大な汎用AIとはまったく違う戦い方をしている企業もある。
鳥取大学発のONESTRUCTIONは、建設分野、とりわけBIM(Building Information Modeling)に関するAI開発を進めている。
建設業では設計、施工、維持管理などで大量の専門情報が扱われる。一般的なAIでは理解しにくい業界固有の知識を、専門AIで処理しようというアプローチだ。
同社はGENIAC第4期のAI基盤モデル開発企業にも採択されている。
巨大モデルを作るだけがAI企業の勝ち方ではない。特定産業の専門知識を深く取り込むことでも競争力を作れる。
その意味で、今後の日本型AI企業の一つのモデルになる可能性がある。
注目点:「小さな企業×専門特化AI」という戦い方がどこまで通用するか。
SyntheticGestalt――AIが「科学者」になる領域
SyntheticGestaltはさらに毛色が違う。
同社が狙うのは、文章生成ではなく分子などの科学領域だ。
創薬や素材開発では、膨大な候補の中から有望な分子を探し、その性質を予測する必要がある。そこにAIを使えば、研究開発そのものの速度が変わる可能性がある。
SyntheticGestaltはGENIAC第4期のAI-Ready化事業にも採択されている。
生成AIという言葉からChatGPTのようなサービスだけを想像していると見落としてしまうが、AIが研究そのものを加速する「AI for Science」は、今後大きく伸びる可能性のある分野だ。
注目点:AIが文章を作る道具から、新しい物質を発見する道具へ進化できるか。
ELYZA――派手な性能競争より「実際に仕事を置き換える」
東京大学松尾研究室発のAI企業として知られるELYZAは、現在KDDIグループに入っている。
ここで注目したいのは、モデルのベンチマークではなく実際の業務への導入だ。
2026年7月、ELYZAは三井住友カードの入会審査業務に自動判定AIを導入した。
同社の発表によれば、これによって担当者が行っていた審査の20%を自動化したという。
これは一見すると地味な数字かもしれない。
しかし、AIが経済や雇用を本当に変えていく過程を考えるなら、「モデルのパラメータ数」よりも「人間が行っていた仕事の何%をAIが処理できるようになったか」の方が重要になる可能性がある。
AIの社会実装とは、最終的にはこういう数字として現れてくる。
注目点:研究開発力を、企業の具体的な業務自動化へどこまで転換できるか。
参考:ELYZA・三井住友カードの自動判定AI導入
競争は「一番賢いLLM」を決めるゲームではなくなった
こうして並べてみると、日本のAI企業を単純なランキングにすることにはあまり意味がないことが分かる。
Preferred Networksはモデルから計算基盤、ロボティクスへ。
Sakana AIは日本の制度や実務に適応したAIエージェントへ。
ABEJAはフィジカルAI、Turingは自動運転、Stockmarkは企業データ、AI insideは推論インフラ、Kotoba Technologiesは音声、ONESTRUCTIONは建設、SyntheticGestaltは科学、ELYZAは業務自動化を攻めている。
そしてGENIAC自体も、基盤モデル開発だけでなく、ロボットや企業データのAI-Ready化へ支援対象を広げている。
ここには、日本勢にとって重要な変化がある。
米国の巨大企業と同じ土俵で、巨大な汎用モデルだけを競えば、資金力や計算資源の差は大きい。
しかし競争領域が、製造現場、自動車、ロボット、建設、化学、音声、企業内部のデータへ広がれば話は変わってくる。
日本企業が長年蓄積してきた製造技術、現場データ、専門知識そのものがAI時代の資産になる可能性があるからだ。
経済産業省もGENIAC第4期で、産業現場のデータをAI開発に取り込むことや、企業内のノウハウや暗黙知をAIが利用できる状態にすることを重視している。
2026年の日本のAI業界は、「国産ChatGPTを誰が作るのか」という段階から、**「AIを使って、誰が現実世界のどの領域を取るのか」**という競争へ移り始めている。
群雄割拠は、むしろこれからが本番なのかもしれない。
付録:まだまだある、注目しておきたい日本のAI企業
エコモット ―― IoT×エッジAI。道路、建設、モビリティ、さらにはヒグマ対策まで、「現場で働くAI」の実装派。
CIJ ―― 長年のシステム開発力を生成AIとロボティクスへ。企業向けLLM導入支援に加え、自律移動型サービスロボット「AYUDA」も展開。
ソルクシーズ ―― SIerとしての企業システム開発を土台に、生成AIの業務実装へ。
ティアフォー ―― オープンソースの自動運転ソフトウェアを軸に、自動運転の社会実装を進める有力プレイヤー。
Telexistence ―― ロボットを研究室ではなく店舗など実際の労働現場へ。フィジカルAIの社会実装組。
FingerVision ―― ロボットに「触覚」を与える視触覚技術。フィジカルAI時代に存在感を増しそうな企業。
ugo ―― 警備、点検など、人手不足の現場で働く業務ロボットを展開。
SB Intuitions ―― 日本語に強い国産LLM「Sarashina」を開発するソフトバンク系AI企業。
FastLabel ―― AIの性能を左右する学習データ側から勝負。GENIACのAI-Ready化事業にも採択。
フツパー ―― 製造現場を中心に画像認識やエッジAIを導入する「現場実装」型AI企業。
Fairy Devices ―― 音声AIとウェアラブルデバイスで、現場作業とAIをつなぐ。
アジラ ―― 映像から人間の行動を認識するAI。防犯・施設管理などリアル空間が主戦場。
Spectee ―― 災害や危機管理に関する大量の情報をAIで解析。社会インフラ系AIの注目企業。
フライウィール ―― 企業が持つデータをAIで利用できる資産へ変えるデータ活用企業。
Preferred Robotics ―― Preferred Networksから生まれたロボット企業。AIを「頭脳」から実際に動く機械へ。
※本記事は2026年9月13日時点で各社および経済産業省などが公表している情報をもとに、各社の特徴と筆者が注目するポイントを整理したものです。企業の優劣や投資価値を順位付けするものではありません。

