前回の記事で、私は今回の消費減税について「問題は内容よりもタイミングだ」と書きました。
私は、景気停滞あるいは不況時の消費減税には賛成です。
それでも今回の食品消費税減税には、大きな懸念があります。
その理由を一言で言えば、減税の実施を待っている間にも物価は動き続けるからです。
しかも現在の日本は、デフレの最中にあるわけではありません。食品価格はすでに大幅に上昇しています。
その状況で、年間4兆円を超える規模の減税を、さらに時間を置いて実施する。
果たして、そのとき減税効果はどれだけ家計に届くのでしょうか。
年間4.3兆円を使う大規模な政策
現在検討されているのは、飲食料品に適用されている消費税率を8%から1%へ引き下げる案です。
2026年6月22日の衆議院予算委員会で、片山さつき財務相は、飲食料品の消費税率を1%にした場合の減収額について、年間約4.3兆円と答弁しました。また、総人口約1.2億人で単純計算した場合、1人当たりの減税額は年間約3万6000円になるとしています。
もちろん、実際の減税額は各家庭の食品支出によって異なります。
それでも、年間4.3兆円という政策規模は非常に大きい。
だから私は、単に「減税するか、しないか」ではなく、
4.3兆円の税収を失うことで、それに見合う効果を得られるのか
を見る必要があると思っています。
減税したこと自体を政策の成果にしてはいけません。
(出典:衆議院「第221回国会 予算委員会 第15号」2026年6月22日)
食品価格は、すでに大きく上がった
今回の減税を考えるうえで欠かせないのが、食品価格です。
食品の値上がりは、これから始まる話ではありません。すでに数年間続いています。
総務省「消費者物価指数(CPI)」によると、2020年を100とした「食料」の年平均指数は、2025年には125.8まで上昇しました。
つまり、2020年から2025年までの5年間で、食品価格の水準は指数上25.8%上昇したことになります。
今回の食品減税は、食品価格が低い状態で先回りして行われる政策ではありません。
すでに価格水準が大きく切り上がった後から行われる減税です。

しかも、物価上昇率が今後低下したとしても、それまでに上がった価格水準が元に戻るわけではありません。
「インフレ率が下がること」と「物価が下がること」は違います。
食品価格が高くなった状態から、さらに減税実施まで時間が経過することになります。
減税実施までにも価格は動く
消費税率を8%から1%へ引き下げれば、税率だけを見れば7ポイントの減税です。
税抜100円の商品なら、現在は108円。
本体価格が100円のままで税率だけ1%になれば、101円になります。
7円の値下がりです。
しかし、減税実施までに本体価格が107円になっていたらどうでしょう。
107円 × 1.01 = 約108円。
税率は8%から1%へ下がったのに、消費者が支払う金額はほとんど変わりません。
もちろん、これは「今後必ず食品価格が7%上がる」という予測ではありません。
減税までの物価上昇によって、政策効果が相殺される仕組みを示すための試算です。
| ケース | 税抜価格 | 税率 | 支払価格 |
|---|---|---|---|
| 現在 | 100円 | 8% | 108円 |
| 本体価格不変で減税 | 100円 | 1% | 101円 |
| 本体価格が7%上昇後に減税 | 107円 | 1% | 108.07円 |
※将来の価格を予測したものではなく、減税実施前の本体価格上昇によって減税効果が相殺される仕組みを示す試算。
重要なのは、減税実施までの時間が長ければ長いほど、このリスクにさらされる期間も長くなるということです。
政府自身も「7ポイント分安くなる」とは保証できない
もう一つ重要な事実があります。
6月22日の衆議院予算委員会では、まさにこの問題が取り上げられています。
食料品の税率を8%から1%にした場合、店頭価格が本当にその分だけ下がるのか。
原材料費、人件費、物流費、電気代、包装資材などのコストが上昇する中で、減税分がすべて価格に反映されるのか、それとも事業者のコスト吸収に使われるのか。
これに対し片山財務相は、実際の価格設定は需要動向やコストなど様々な要素を踏まえた事業者の経営判断であり、確実な見通しを示すことは困難だとの趣旨を答弁しています。
私はここが非常に重要だと思います。
政府は4.3兆円の税収を失います。
これはかなり確実です。
しかし、
その4.3兆円がどの程度、消費者の支払価格低下として現れるのかは確実ではない。
ここに今回の政策の大きなリスクがあります。
減税分を企業が吸収すること自体が「悪」なのではない
ここは誤解のないようにしておきたいと思います。
減税後に商品の本体価格が上昇したとしても、直ちに「企業の便乗値上げだ」と考えるべきではありません。
食品関連事業者も、原材料、人件費、物流費、エネルギー、包装資材などのコスト上昇に直面しています。
これまで十分に価格転嫁できなかった企業が、減税を機に価格体系を見直すこともあり得ます。
それは企業経営として合理的な場合があります。
しかし、企業にとって合理的であることと、政府の景気対策として成功することは別問題です。
減税によって生まれた余地が企業のコスト吸収に使われれば、企業経営の下支えにはなります。
一方、消費者が支払う価格は期待ほど下がらない。
そうなれば、「家計負担を軽減し、消費を刺激する」という政策経路は弱くなります。
誰かが悪いという話ではありません。
政策設計の問題です。
食品減税は、購入数量を劇的に増やす政策ではない
さらに、食品という商品の性質も考える必要があります。
米が安くなったからといって、普段の2倍食べる人は多くありません。
牛乳が安くなったから3倍飲むわけでもありません。
食品は生活必需品であり、価格が下がったときに購入数量が劇的に増える商品ではありません。
ただし、ここで「だから食品減税には意味がない」と結論づけるのも間違いです。
食品への支出が減れば、その分だけ家計に余裕が生まれます。
浮いたお金を外食、衣料、旅行、耐久消費財など別の消費へ回す可能性があります。
食品減税を景気対策として評価するなら、見るべきなのは食品の購入量だけではありません。
減税によって生まれた家計の余力が、他の消費へ波及するかどうかです。
ここまで起きて初めて、減税による需要刺激が経済全体へ広がります。
賃金が改善しても、消費が自動的に増えるわけではない
足元では、賃金には改善の動きが見られます。
**厚生労働省「毎月勤労統計調査(2026年5月分)」**によると、2026年5月の現金給与総額は前年同月比3.2%増加し、物価変動の影響を除いた実質賃金も1.4%増となりました。実質賃金は5か月連続のプラスです。
これは明らかに良い変化です。
しかし、**総務省「家計調査(2026年5月分)」**では、二人以上の世帯の消費支出は実質で前年同月比0.4%減少しています。
実質賃金+1.4%に対して、実質消費支出は▲0.4%。
もちろん、毎月勤労統計と家計調査では調査対象も定義も異なるため、この二つの数字を単純に対応させることはできません。
それでも少なくとも、実質的な購買力が改善すれば、その分だけ消費が自動的に増えるとは言えない状況です。
数年間にわたる物価上昇を経験した家計が、所得の改善分をすぐに消費へ回すとは限りません。貯蓄に回すかもしれない。将来の物価上昇や社会保険料、住宅費などへの備えに回す可能性もあります。
だから、
減税 → 可処分所得の増加 → 消費の増加
という一本の矢印だけで政策効果を考えることはできません。
食品減税によって家計に残ったお金のうち、どれだけが新たな消費に回るのか。ここが、4.3兆円という政策コストを評価するうえで重要になります。
むしろ怖いのは「中途半端に効く」こと
私は、今回の政策について「全く効果がない」と予測しているわけではありません。
おそらく、家計負担を軽減する効果はあります。
一定の消費刺激効果もあるでしょう。
問題は、それが4.3兆円という政策コストに見合う規模なのかです。
ここが重要です。
政策は「効果があった/なかった」という二択ではありません。
1兆円分の経済効果を生むために4兆円を使った政策と、4兆円を使ってそれ以上の経済効果を生んだ政策は、同じ「効果があった」でも全く違います。
今回もっとも警戒すべきなのは、
多少は効いた。しかし、4.3兆円を失うほどには効かなかった
というケースではないでしょうか。
政治的には「減税を実現した」。
消費者にも多少の恩恵はある。
しかし景気全体を大きく押し上げるほどではない。
一方で税収減は毎年4.3兆円規模で発生する。
これが最も評価しにくく、そして財政的には重い結果です。
「4.3兆円が消える」とはどういう意味か
もちろん、4.3兆円が文字どおり経済から消滅するわけではありません。
ここは正確にしておく必要があります。
減税された分は、家計や企業の側に残ります。
したがって「4.3兆円すべてが無駄になる」という意味ではありません。
私が問題にしているのは、政府が失う4.3兆円の税収に対して、どれだけ追加的な経済活動が生まれるのかです。
減税がなくても行われていた食品購入の税負担を軽くしただけなら、家計支援にはなりますが、新たな需要を生んだとは言えません。
さらに、その一部が物価上昇によって吸収されれば、消費者の実質的な負担軽減も小さくなります。
だから「4.3兆円減税したから、4.3兆円景気を刺激した」と考えることはできません。
本当に見るべきなのは、CPIだけではない
この政策が始まった後、私は少なくとも次の数字を追う必要があると思っています。
食品の消費者物価指数。
食品の税抜価格。
食品の購入数量。
実質消費支出。
食品以外への消費支出。
小売売上高。
企業収益。
設備投資。
GDP。
そして税収です。
特に重要なのは価格と数量を分けて見ることです。
名目の消費額が増えても、それが値上がりによるものなら、消費が活発になったとは言えません。
また、食品価格が下がっても、その分だけ他の消費が増えなければ、景気刺激効果は限定されます。
物価、所得、数量、消費、企業活動、税収。
ここまで追って初めて、4.3兆円の政策が成功したかどうかを判断できます。
政府自身が「つなぎ」と位置づけている
そして現在の議論でもう一つ注目したいのは、食品減税が恒久的な制度としてではなく、**給付付き税額控除の本格導入までの「つなぎ」**として位置づけられていることです。
2026年7月29日にまとめられた政府の「社会保障国民会議」の中間とりまとめでは、所得に連動した給付制度を2029年度に本格導入するまでの経過措置として、2027年4月1日から2年間、飲食料品の消費税率を1%とする方針が示されています。
あわせて2027年度には、中低所得の現役勤労者を対象に、飲食料品にかかる消費税1%相当分の範囲内で「所得に連動したきめ細かな給付」を先行導入し、両者を組み合わせることで、全体として飲食料品にかかる消費税の実質ゼロ化を図る構想です。
つまり政府自身も、食品減税だけですべてを解決しようとしているわけではありません。
だからこそ私は思います。
つなぎの政策に年間4.3兆円規模の減収を伴うのであれば、その2年間に何を達成するのかを明確にしておく必要がある。
家計支援なのか。
景気刺激なのか。
物価高対策なのか。
その目的によって、成功を測る指標も変わります。
(出典:内閣官房「社会保障国民会議 中間とりまとめ」2026年7月29日)
消費減税は「実施した」だけでは成功ではない
私は消費減税に反対しているわけではありません。
むしろ、需要不足が問題となる景気停滞局面では、有力な政策手段だと考えています。
だからこそ、今回の政策を「減税だから良い」「減税だから悪い」という議論にはしたくありません。
問うべきなのは、
今、この方法で、このタイミングで4.3兆円を使うことが、本当に最も効果的なのか。
です。
減税実施までに食品価格がさらに上昇すれば、家計が実感する効果は小さくなる。
減税分が価格に完全に反映されなければ、家計への効果はさらに小さくなる。
家計に残ったお金が追加消費へ向かわなければ、景気刺激効果も小さくなる。
しかし、税収は約4.3兆円減る。
この非対称性こそ、今回の政策で最も注意しなければならない点だと思います。
減税は、税率を下げた瞬間に成功する政策ではありません。
家計の実質負担をどれだけ軽くしたのか。
新しい消費をどれだけ生んだのか。
経済をどれだけ拡大したのか。
そして、失った税収に見合う効果があったのか。
その結果で評価されるべきです。
消費減税は、遅すぎればインフレに効果を食われる。
年間4.3兆円を超える政策だからこそ、実施前からこの点を検証しておく必要があります。
主な参考資料
・総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」
・総務省統計局「家計調査」
・厚生労働省「毎月勤労統計調査」
・衆議院「第221回国会 予算委員会 第15号(2026年6月22日)」
・内閣官房「社会保障国民会議・給付付き税額控除等に関する実務者会議」資料
